ふれっしゅのーと

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趣味に生きる30代エンジニアが心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつくるブログ

「登記情報提供サービス」と「登記・供託オンライン申請システム」がややこしすぎる

大臣も混乱するややこしさ

趣味の小字地名の調査によく「登記・供託オンライン申請システム」を使っているのですが、これとそっくりな「登記情報提供サービス」というWebサービスもあり、名称だけでなく内容までも中途半端に似ているので混乱が絶えません。

本業で使っている士業の方々は勿論、河野太郎大臣までも間違えていました。

※ 2022年10月に利用時間が拡大するのは法務省の「登記・供託オンライン申請システム」ではなく民事法務協会の「登記情報提供サービス」のほうです

2つのWebサービスの違い

一言で言うと……

です。

それぞれ運営元も利用時間も違いますが、内部的には同じデータベース(登記情報システム)にアクセスしています。


法務省作成資料『登記情報システムの業務アプリケーション保守業務及び支出先法人の概要』(2014-03-12) の「登記情報システムについて」より引用。「登記ゲートウェイシステム」(オンライン登記情報検索サービス)は2016年に「登記・供託オンライン申請システム」に統合されています*1

「登記情報提供サービス」の概要

登記簿謄本などの記載情報のPDFをダウンロードできます。証明能力はないですが、少し安いのがメリット。土日も使えます。

「登記・供託オンライン申請システム」の概要

登記や供託に関する様々な申請を行える汎用的なシステムです。登記情報の取得に関して言えば、「かんたん証明書請求」から正式な登記簿謄本の郵送(または窓口で交付)請求ができます。「登記情報提供サービス」のようなブラウザ上で即時表示する機能はありません。

登記情報検索画面の仕様差

両システムで特に似ているのが登記情報を検索する画面です。

  • 「登記情報提供サービス」の検索画面

  • 「登記・供託オンライン申請システム」の検索画面

似すぎ。

しかも、完全に同じならまだ良いのですが、困ったことにそれぞれ微妙に仕様が異なっているから厄介です。

小字の仕様差

上記スクショの「所在」欄を見比べてみてください。

同じ地番ですが前者の「登記情報提供サービス」と違って後者の「登記・供託オンライン申請システム」は小字まで選択できます!


小字愛好家にはたまらない一覧画面(登記・供託オンライン申請システム)

ちなみに「登記・供託オンライン申請システム」で小字まで入力しても、確定ボタンを押して申請画面に遷移すると、小字の情報は遷移先画面に渡っていません。実務上は小字がなくても地番だけで土地を特定できるからでしょう。*4


申請画面には小字が表示されない(登記・供託オンライン申請システム)

実務上は小字はあってもなくてもよいものなので、システムの仕様変更で、ある日突然小字一覧がなくなってしまわないか心配です。

地番の仕様差

「登記情報提供サービス」のほうにだけ地番検索サービスとの連携機能があり、ゼンリン地図をベースにした地番図を参照できます(一部地域に限る)


「登記情報提供サービス」のほうでだけ使える地番検索サービス

また、地番の複数入力件数も両システムで異なっていて、「登記情報提供サービス」は最大50件ですが、「登記・供託オンライン申請システム」は最大10件です。

何故こんなややこしいことになったのか

そもそもどうしてこんなによく似たWebサービスが共存しているのでしょうか。

電子政府黎明期の混乱

── 時は20世紀末まで遡ります

当時のサラリーマン川柳に「ドットコム どこが混むのと 聞く上司」と読まれたように、この頃、一般消費者にもインターネットが急速に普及しました。

政府も1999年に「電子政府」プロジェクトを立ち上げ、2000年には高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)を制定し、"紙"から"インターネット"へと変革を推進しました。

法務省も登記のオンライン化に向けて動き出します。幸い膨大な登記情報自体は昭和63年以来の地道な移行作業により既におおかたシステム化が進んでいた *5 ので、あとは関連法を整備して、一般ユーザー向けのWebアプリケーションを構築すればよいというところまで来ていました。

まず手始めに登記情報の閲覧用システムの構築が進められます。2000年に「電気通信回線による登記情報の提供に関する法律」が成立し、サービス提供を行う指定法人に民事法務協会が選ばれ、「登記情報提供サービス」がリリースされました。


開設当初の「登記情報提供サービス」(WebArchiveより)

法務省ではなく民事法務協会が運営しているのは、なんというか、まあ…… 大人の事情によるものらしいです。

クレジットカード決済による簡便な手数料納付が当時の会計法規では認められていなかった *6 ので指定法人(民事法務協会)が仲介する仕組みにした、というのが「表向きの理由」のようです。

法律施行前に指定法人が実質決まっていたとか、予算が割高だとか、天下り先になっているとか、何やらいろいろ訳ありのようですので、そういった話に興味のある方は「民事法務協会とコンピューター化の歴史」(長大記事です!)や「新登記情報提供サービスの問題」を読んでみてください。

検索画面の流用

「登記情報提供サービス」開設の3年後、満を持して「法務省オンライン申請システム」(2003年〜2012年)が稼働しました。様々な申請をオンラインで行えるようにした汎用システムです。運営は民事法務協会ではなく法務省です。*7

登記関係のオンライン申請を行えるようにするために、不動産登記法の全面改正も行われました。*8


法務省オンライン申請システム(WebArchiveより)

法務省オンライン申請システムの申請用総合ソフトから「物件情報取得」を選ぶと、ブラウザが立ち上がり「登記情報提供サービス」と瓜二つなWebサイト(登記ゲートウェイサブシステム)に遷移します。


法務省登記・供託オンライン申請システムの概要と変更点」p.40 より引用。2011年のシステム改修までは ブラウザ上で物件検索→ファイルをダウンロード→申請用総合ソフトで読み込む という、まどろっこしい手順が取られていたようです。

当時の画面を見比べてみると、都道府県選択から丁目・小字選択に至るまで、どの画面を取ってみても「登記情報提供サービス」と「登記ゲートウェイサブシステム」で瓜二つです。

おそらく「法務省オンライン申請システム」を構築する際に、オンライン物件検索に関するコンポーネント(=登記ゲートウェイサブシステム)だけ既存の「登記情報提供サービス」のUIを流用したのでしょう。

その後、2011年のシステム改修で「法務省オンライン申請システム」から登記・供託に関する申請手続きが独立して、「登記・供託オンライン申請システム」というシステム名になり、現在に至ります。

システム名もあまり良くない

法務省の「登記・供託オンライン申請システム」には

  1. 専用ソフトを使う登記・供託申請
  2. Webブラウザ上での証明書請求(登記簿の郵送請求など)

の2つの機能があります。「登記・供託オンライン申請システム」というシステム名からイメージできるのは1.の機能だけで、2.の機能はイメージできません。

システム名だけに着目すると、むしろ2.の機能は「登記情報提供サービス」にあるほうが自然なのではないでしょうか。

まとめ

あらためて歴史的経緯を図にまとめておきます。

「登記・供託オンライン申請システム」にPDF出力機能を追加して「登記情報提供サービス」を廃止したり、「登記・供託オンライン申請システム」のうち登記簿請求に関する機能を「登記情報提供サービス」のほうに移管して名が体をあらわすようにしたりすれば、ややこしさが解消すると思います。

デジタル庁さん、よろしくお願いします。*9


*1:「現行のオンライン登記情報検索サービスを提供している登記ゲートウェイシステムは,登記・供託オンライン申請システムと統合し,平成28年12月19日(月)から統合後の登記・供託オンライン申請システムの機能の1つとしてサービスの提供を開始する予定です。」(「システム統合に伴うオンライン登記情報検索サービスの変更点について」より)

*2:「昨年9月25日から、東京法務局のほか管区法務局管内の26庁の登記所を対象にインターネットによる登記情報のサービスを開始」(『新風』2001年3月号特集「電子自治体構築への歩み ネットワーク時代の"サービス"を考える」(民事法務協会松尾武理事のインタビュー記事) より)

*3:「登記・供託オンライン申請システムは,平成23年2月14日から,法務省オンライン申請システムとは別のシステムとして運用を開始しました。」(「登記・供託オンライン申請システムとは」より)

*4:さらに細かいことを言うと、字別付番の地域では小字がないと地番だけで土地を特定できないので、「登記情報提供サービス」でも「登記・供託オンライン申請システム」でも小字まで選択できます。字別付番と一村通しについては下記の記事を参照。fffw2.hateblo.jp

*5:東京法務局板橋出張所で1988年(昭和63年)に登記のコンピュータ化が始まったのを皮切りに、各登記所で登記簿の移行作業が順次行われ、二十余年の時を経て、2008年(平成20年)に約2億7千万筆の不動産と約350万社の法人の登記簿の移行が完了しました。(参考:法務省民事局総務課登記情報センター室の人事院総裁賞(平成21年度)受賞記事(人事院)不動産登記コンピュータ化指定日一覧(個人作成)

*6:確かに2000年当時はクレジットカード決済による手数料納付は認められていなかった。「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」成立によって、「登録免許税法」が改正されて、クレジットカード決済による手数料納付が認められるようになったのは2002年のこと。現在は法務省が運営する「登記・供託オンライン申請システム」でもクレジットカード決済が使える。

*7:2002年の法改正で手数料のクレジットカード決済が認められたので、2003年時点では民事法務協会に委託する「表向きの理由」もなくなっていたのでしょう。

*8:「オンライン登記申請を導入するとともに,不動産登記制度をIT社会にふさわしい制度とするため,不動産登記法を全面的に改正する法案が,平成16年(2004年)6月11日に法律第123号として成立し,この法律は,平成17年3月施行予定である」(「登記情報システム 業務・システム見直し方針(案)」(2004) より

*9:形はいびつですが既にデジタル化が完了していて、慣れれば問題なく使えるので、デジタル庁が法務省のシステムにメスを入れるのは随分あとになるでしょうね。