ふれっしゅのーと

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趣味に生きる30代エンジニアが心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつくるブログ

本日発売『地理交流広場号外 小字特集号』最速レビュー

待望の小字特集号

ついに出ましたね、『地理交流広場』の小字特集号!

小字の基本からデジタル小字地図の作り方まで幅広く載っていて、小字マニア垂涎の神特集です。もしも小字研究の大家・柳田國男先生が生きていたら呵々と笑って喜んでくださったことでしょう。

早速僕も手に入れましたので、最速でレビューしていきます!

booth.pm

小字のキホン

小字についていろいろ書くよ ─押さえておきたい小字のキホン─

ひめさん(@sarasvati65)の寄稿記事です。小字に関する基本知識が網羅的に整理されていて非常に勉強になります。出典や具体例も豊富。まさにこの本の巻頭を飾るにふさわしい記事だと感じました。

千葉県旭市萬歳には「字A嘉右衛門地」「字B嘉右衛門地」という小字があります。小字名でアルファベットを含む唯一の例です。

アルファベット小字、初めて知りました。漢字の中に唐突にアルファベットが交じっていて、中国語の「哆啦A梦」(ドラえもん)を彷彿させる不思議な感じがたまりませんね。

大阪市中央区上町Aのように街区符号がアルファベットになっている例は有名ですが、まさか小字にもアルファベットがあったとは。普通だと「上嘉右衛門地」「下嘉右衛門地」とかになりそうなものなのに、一体どうしてここだけアルファベットになったのだろう。

小字ができるまで ─条里プランとの関係を中心に─

永太郎さん(@Naga_Kyoto)の寄稿記事です。金田正裕先生の条里小字に関する論考が元ネタになっているとのこと。僕が主に研究対象としている滋賀県には条里小字が色濃く残っているので、非常に関心のあるテーマです。


条里小字の例(拙作『草津市小字地図』より)

条里プランは班田に基づく①律令の条里プランだけでなく、国司の業務における②国図の条里プランや、その後の③荘園の条里プランといったように、時代が下っても使われ続けました。それは、グリッドという土地プランが、古代律令制という歴史的文脈を越えた普遍的合理性を有していたからでしょう。

合理性のあるプランは悠久の時を越えて生き続けるんですね。そういえば僕の暮らす滋賀県でも、古代の条里界がそのまま市道となり、分譲住宅地の街区が歴史的な一町(約109m)四方になっている場所が結構あります。

小字事例研究

飛地組替について

srdさん(@chimei_saitama)の寄稿記事。編入による飛地小字の解消は全国であたりまえに行われてきましたが、埼玉県では「大字今福字武蔵野元松郷分」のように「元○○分」という形で編入前の履歴情報が保持されているそうです。こういうローカル小字ネタを知れるのも、全国各地の愛好家が寄稿する同人誌の醍醐味ですね。

「過去の履歴を消したらあとで困るかも…」と明治時代の慎重な担当者が補足程度に台帳に書き留めていたのが始まりですかね。バージョン管理システムのない時代にソースコードの変更履歴をコメントアウトで残していた昔のプログラマーみたいだなとしみじみ感じました。

小字の表記はどうゆれるか ─愛知県知多郡のハザマ地名を例に─

西嶋佑太郎さん(@keilfoermig)の寄稿記事。小字を語る上で欠かせない表記揺れ問題に正面から挑んでいる記事です。僕は「結構揺れてるな〜」とスルーしがちなのですが、西嶋さんは資料や地域による揺れの傾向を徹底分析なさってます。感服。

最近、イリ地名の分布に関する研究で尾張に「杁」が多く三河に「圦」が多いという記事(愛知だけの文字?地名に残る“杁”の謎 - NHK名古屋)を読んで、表記揺れの地域性に関心を持ったばかりでしたが、そういやこの記事にも西嶋さんが出てきてましたね。

www.nhk.or.jp

常滑市の小字「たんぼ」の漢字字体の軌跡

同じく西嶋さんの寄稿記事です。「たんぼ」という小字に奇を衒って珍しい漢字をつけたことによって、みるみるうちに字体が変化していき、行政資料の漢字と現地住民が使う漢字が乖離してしまったり、誤った字体で Unicode に登録されてしまったりする数奇なストーリー。こういうの大好きです。

t.co

Twitterの地名界隈でも10年ぐらい前に話題になり「ちょっとたんぼの様子を見てくる」と言って街区表示板の写真を撮りに行く人がちらほらいましたね。懐かしい。

記事中で筆者が地籍図や旧土地台帳を

地名漢字が変化する培養装置

と表現していて、言い得て妙だなと感じました。

ちなみに僕も以前、滋賀県栗東市坊袋字切挊の旧土地台帳を紐解いたことがあり、漢字変化の "培養" 過程を目の当たりにしたことがあります。

地名漢字の変化は興味深いですが、同時に本来の命名意図が失われゆく底知れぬ恐ろしさがありますね……

大規模公共事業に沈んだ地名 ─東京府南葛飾郡における荒川放水路を例に─

関東小字地図管理人のおさるさん(@osaru_san1, 現 @koaza_net)の寄稿記事。荒川放水路の開削によって川底に沈んだ小字地名が紹介されています。字大町、字蹴上、字谷部沼、字鎌田、字三反田、字経塚、等々、河川の中にたくさんの小字名が存在するのを見ると「ここにも昔は人々の営みがあったのだな…」と郷愁的な感情になります。

別の場所ですが以前ダム湖に沈んだ小字も紹介されていました。

この手の失われた小字はやはり単なる小字一覧ではなく地図上にプロットされることでぐっと胸に迫ってきますね。

小字一覧

角川日本地名大辞典 滋賀県』付録「小字一覧」の補完 ─『土地字取調書』をもとに─

アツジンさん(@atsatsatsa)の寄稿記事。角川の小字一覧で欠落している滋賀郡(現在の大津市の一部)を補完してくれたのだろうな、ありがたやありがたや〜と思って読んでみたら、滋賀県全域の不足小字を補完していて目ん玉飛び出ました。マジか。

角川の小字一覧のフォーマットを完全再現している点も芸が細かくて最高です。


角川日本地名大辞典 滋賀県』小字一覧のオマージュ。かなり再現度が高い。

本稿で用いた資料『土地字取調書』の撮影は風霊守氏(@fffw2)と分担して実施した.ここに同氏に対して深謝の意を表する.

どういたしまして。同郷の小字研究家(実は中学・高校・大学が同じ)として微力ながら協力させていただきました。土地字取調書全頁を角川小字一覧と比較して欠落分数万文字を全部打ち込んだアツジン氏の並々ならぬ努力とは比になりませんが。

『官報検索!』を利用した官報告示からの小字名集作成の試み ─島根県の失われた小字を求めて─

ひめさんの寄稿記事2本目。小字一覧が乏しい島根県の小字を官報全文検索から抽出する画期的なチャレンジ。島根県は約8割が森林であり、保安林関係の告示に小字が現れやすいという特徴があるようです。

最終的に島根県の小字約16000件を抽出できたようで、十分な成果だと言えます。紙面の都合上、本誌には研究成果の一部である鹿足郡(かのあしぐん)の小字が列挙されていました。それでも25頁に及ぶ圧倒的なボリューム…!

人力では到底無理な作業量なので、やはり技術力はこれからの小字研究には不可欠ですね。

小字地図

デジタル小字地図の作り方

本誌の主宰である小林護さん(@oigawa2)の寄稿記事。紙媒体の小字地図からデジタル小字地図を作る方法について簡単に紹介しています。

Google マイマップでも簡易なデジタル小字地図は作れますが、やはり紙資料のスキャンデータをジオリファレンスして地図に重ね合わせたり、昔の航空写真と比較して精度を高めたりするためには GIS ソフトウェアの利用が欠かせません。

  1. 紙資料のスキャンデータをジオリファレンス
  2. 小字界をなぞってポリゴン化
  3. 航空写真と重ねてポリゴンを補正

というのが基本手順であるとのこと。僕も小字地図を作るときは基本的にこの手順を踏んでいます。

記事を読む限り、どうやら小林さんは全域の小字界をなぞりきったあとで航空写真を用いた補正過程に入るタイプのようですね。僕は小字ひとつずつに対して 2.ポリゴン化 → 3.補正 のループを回す手順でやっていて、何度もレイヤー切り替えが発生していて手間でしたので、次回の小字地図作成のときには小林さんの手順を実践してみます。

草津市小字地図ができるまで

風霊守(@fffw2)の寄稿記事。僕です。人生初の寄稿記事でして「これが出版されて、国立国会図書館にも納本され、自分の死後も未来永劫生き続けるのだな」などと大仰に考えてしまい、必要以上に緊張しました(考えすぎ)

題材は拙作『草津市小字地図』の十余年にわたるメイキングストーリーです。

fffw2.hateblo.jp

物語の序盤では、僕が小字と出会った少年期のエピソードから始まり、小字のどこに魅了されたのか、なぜ小字地図を作ろうと思ったのか、という冗長な自分語りが展開されています。どうか寛大な心でご笑覧ください。

メインパートでは、どのように基礎資料を入手したのか、小字地図を作る上での数多の困難をどのように攻略していったのかといった具体的なエピソードを豊富に紹介しています。特に小字地図に興味があるけど作り方がわからないという人や、小字地図を作っているけど基礎資料の精度が低くて難儀しているという人に本記事が届き、小字地図作成の一助となれば幸甚です。

まとめ(宣伝)

小字特集号、永久保存版です!
BOOTHで販売されているので興味のある方はぜひお読みください。

booth.pm