地名って面白い!!!

地名って面白いですよね!

私が地名好きになったのは小学生か中学生の頃だと思います。最初の頃は他の男子らと同じく地図帳で「エロマンガ島」などの珍地名を見て「そんな変な地名があるのか」などと笑っていたのですが、高校生の頃から一歩踏み込んで「膳所(ぜぜ)?何故そんな変わった読み方をするの?一体どういう歴史があるの?」と深みにはまりだし、気付けば完全に地名沼の住人になっていました。専門分野は滋賀の小字地名です。よろしくお願いします。

 

最近、通勤電車に揺られながら、柳田國男の『地名の研究』を読んでいました。

地名のここが面白い」という地名研究のエッセンスが詰まっている良書です。ぜひとも皆さんにも読んでいただき、あわよくば地名沼の住人を増やしていきたいのですが、困ったことに本書の大半が「ドウメキ地名は川の近くに多い」「フケ地名は低湿地」など甚だマニアックな内容であり、あまつさえ文体も堅苦しいので、地名初学者には決しておすすめできません。

そこで今回は『地名の研究』の概論部分の内容を私なりに噛み砕いて、地名研究の面白さの一端を紹介してみようと思います。

 

地名の誕生

地名は総じて「生活上の必要」によって発生します。

ご先祖様がどういう動機でその地名を作ったのかを研究することで、古文書にも残っていないような庶民の多種多様な暮らしが見えてきます。柳田國男は地名から「多くの前代生活を闡明」して「人生を明らかにすることが実は地名を研究する唯一の目的」であると述べています。どうです?ワクワクしてきませんか。

柳田國男の分類に従い、地名を発生順に3つに大別して説明していきましょう。

1. 利用地名

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狩猟や採集など普段の暮らしの中で利用されることが多い土地に対する地名です。

家族や仲間に場所を伝える必要が出てきたときに初めて命名されます。いちいち「あっちのほうにある2つの川が合流してるところ」などと説明していては面倒です。そこで「川合」という地名がつけられます。川の本数が多ければ、それらを区別するために「一ノ沢」や「二ノ俣」といった地名がつけられることでしょう。植生が特徴的であれば「三本松」や「杉沢」といった地名をつけるかもしれません。

村人が川の近くで炭を焼き始めると「炭焼沢」や「灰谷」といった地名が生まれ、やがて橋が架けられると「橋本」という地名が生まれ、観音様がまつられると「観音谷」といった地名が生まれます。このように利用地名は様々な時代に様々な理由によって発生します。

重要なのは、他人とのコミュニケーションでの利用を目的とした地名なので、誰もが納得できるような自然な名前でないといけないという点です。

早い話がわが家の犬ころでも、せっかくハンニバルとか、タメルランとかいうりっぱな名をつけておいても、お客はことわりもなくその外形相応に、アカとかブチとか呼んでしまう。ゆえに一部落・一団体が一の地名を使用するまでには、たびたびそこを人が往来するということを前提とするほかに、その地名は俗物がなるほどと合点するだけ十分に自然のものでなければならぬのである。地名にほぼ一定の規則のあるべきゆえんであって、かねてまたその解説に趣味と利益とのあるべきゆえんである。

2. 占有地名

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土地の開発が始まり、人々が土地を占有することで生まれた地名です。利用地名との大きな違いは、明確な「範囲」が定まっているという点です。

開墾が進み、山や原野が細かい区画に線引きされると、一気にたくさんの地名が必要になっていきます。しかも山や原野の特色は「ともすれば千篇一律に堕して、二つあっては弁別にさしつかえる場合が多かった」ため、地名のネーミングに「若干の機知と意匠とが入用」となります。土地の占有者のセンスが光ります!

土地の用途を表す言葉を使ったり、地形を表す言葉を使ったり、開墾者の名前を使ったり、あれこれ工夫してくれたおかげで、地名から当時の経済活動や地形的特徴が見えてきます。

でも、できることなら占有者は新しい地名を考えたくありません。面倒なので。そこで、もともと地名がある場合はそれを流用しようとします(踏襲性)。

例えば、表面がつるつるで珍しい岩があり、その岩のことを村人たちが「鏡岩」という利用地名で呼んでいたとします。その岩を含む山を占有した人は「ちょうどよい岩があるからこれを山の名前にしちゃおう」と、元々ある地名を踏襲して、山の名を「鏡山」といった占有地名にします。そして「鏡山」を有する村を治めた権力者が、さらに地名を踏襲して、村の名前を「鏡村」にすることもあるでしょう。このように地名は踏襲の過程でどんどん範囲が広がっていくことがあるのです(拡充性)。

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図:地名の拡充性(内包する地名を踏襲することで地名の範囲が広がっていく)

千葉県千葉郡千葉町大字千葉(現在の千葉県千葉市中央区の一部)なんかは、地名の広がりの各過程が残っている大変わかりやすい例です。最初は下総台地の端にある崖を「ツバ」という地形語*1で呼んでいたのが、草が多く生い茂ってることから「千葉」という漢字になり*2、千葉郷になり、千葉郡になり、千葉県になったのでしょう。大体、郡衙(古代の郡役場)や県庁が設置された場所の地名が上位の地名に採用されます。

地名が大きな地域に広がっていったり、漢字や発音が変わってしまったりすると、もはやその地名から当初の意味を見出すのは至難の業となります。だからこそ解き応えがあって面白いのです。柳田國男はこれを「不明に帰しやすき意味を討究するおもしろみ」と述べています。

過去のある事実が湮滅にひんして、かろうじて復原の端緒だけを保留していたのである。もう一度その命名の動機を思い出すことによって、なんらかの歴史の闡明せらるべきは必然である。だから県内の地名はどのくらい数が多くても、やはり一つ一つ片端から、その意味を尋ねてゆく必要もあり、またその興味もあるわけである。

3. 分割地名

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従来の地名を分割することで生まれた地名です。占有が進んで地名がある程度増えてくると、方位・上下・大小・新古などの区別によって、従来の地名を分割して命名する手法が取られるようになります。例えば、人口が増えてきたので村を3つに分割するとなると、「北村」「中村」「南村」といった地名が生まれます。

京都市西京区には「桂艮町」「桂巽町」「桂坤町」「桂乾町」という珍しい地名があります。これは旧千代原村の分割地名であり、桂千代原町を中心に、艮(うしとら=北東)、巽(たつみ=南東)、坤(ひつじさる=南西)、乾(いぬい=北西)に分割したことで生まれた地名です。東西南北で分割してない点が面白いです。ちなみに「桂巽町」はさらに分割されていて「桂南巽町」という地名もあります。

 

 

以上が地名の誕生の基本です。

この記事を読んで「うちの地名は原野だった頃の地名の名残かな?」などと、身近な地名から先人の暮らしにちょっとでも思いを馳せた貴方は、もう地名沼に片足を突っ込んでいます。おめでとうございます。

さあ地図を広げて時間旅行に旅立ちましょう。

 


*1:地形を表す口語を「地形語」と言います。太古の日本は山野の複雑な地形を表す語彙に富んでいましたが、都に住む人が山野に興味が無かったので、多くの地形語は方言として淘汰されて、文献には残っていません。類似地名や同語源単語から「昔はこういった地形をこう呼んでいたのだろう」と類推することができます。例えば「燕」「椿谷」などの小地名を集めると崖がある場所に多いことがわかり「ツバ」は崖を表す地形語だったのだろうと推測できます。こういった地形語の考察もまた地名研究の魅力の一つです。

*2:平安時代の百科事典『和名類聚抄』に「原野多ク葛藤ノ繁茂セル」とあります