大津事件の小説を読んでみたが登場人物が多すぎる

吉村昭ニコライ遭難』を読みました。

明治時代に起きた「大津事件」をテーマにした小説なのですが、筆者の調査力が凄まじく、国立公文書館、裁判所、地方の図書館などに眠る資料から個人の手記まで徹底的に調べまくったようで、とにかく情報量が多い!!

ニコライ一行を乗せた人力車はどういう順番で走っていたか、お付きの人たちはそれぞれどこの旅館に泊まったか、ニコライがいつどの店で何を何円で買ったか、その店の店主はどんな人生を歩んできたか、等々、

「えっ!?その情報要る!??」

と突っ込みたくなるぐらいの詳述っぷりです。

 

大津事件とは

明治24年、ロシア皇太子ニコライが日本を訪問することになりました。普段より帝国ロシアの侵略に脅威を感じていた日本は、これを期に将来の皇帝と仲良くしておこうと国賓待遇でニコライを迎えます。長崎、鹿児島、神戸、京都と楽しく観光してまわり、続いて大津に琵琶湖を見に来ました。しかし、県庁で昼食を食べて京都に戻ろうとしたときに、事件が起こります。警護を担当していた巡査の一人・津田三蔵が突如ニコライに斬りかかったのです。日露関係の悪化を憂慮して政府の重鎮は大慌て。明治天皇は夜も眠れず。

政府は大逆罪で津田を死刑にしようと裁判所に圧力をかけます。

旧刑法第116条
天皇三后皇太子ニ対シ危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス

しかし旧刑法第116条は日本の皇族に対してしか適用できず、たとえ外国の皇太子に危害を加えたといえども、法律上は民間人の殺人未遂と同様に扱わなくてはいけません。大審院長・児島惟謙は政府の圧力に屈せず、法律通り津田に殺人未遂で無期徒刑の判決を下します。こうして「司法権の独立」が守られました。

 

教科書に絶対載らないマニアックな登場人物ベスト3

吉村昭ニコライ遭難』には、伊藤博文陸奥宗光青木周蔵井上馨松方正義西郷隆盛など有名人がたくさん出てくるのですが、中には教科書には絶対載らないであろう超マニアックな登場人物も出てきます。いや、むしろマニアックな登場人物が大半を占めているといっても過言ではありません。

私のお気に入りのマニアックな登場人物をランキング形式で紹介していきます!

第3位:北賀市市太郎 & 向畑治三郎

ニコライが襲われた時に近くに居合わせた人力車の車夫です。
普段は常盤ホテル(現・京都ホテルオークラ)の専属車夫として働いていました。

ニコライが襲われた時、咄嗟に向畑が犯人を引き倒し、北賀市が犯人のサーベルを奪って頭部と背中を斬りつけました。この二人の車夫の活躍がなければ、ニコライは軽傷では済まず、日露関係は最悪の事態に陥っていたかもしれません。

特に興味深いのは彼らの後日談です。
ニコライ遭難』第9章と第17章に二人の顚末が描かれています。

ニコライを救った褒美として、日本政府から勲八等に叙せられて、白色桐葉章と年金36円を与えられました。年金36円は当時の一般家庭の一年分の生活費に相当する額です。それだけでなく、ニコライから直々に小鷲勲章と恩賞金2500円と年金1000円を与えられました。年金1000円は庶民にとって想像もできないほどの途轍もない金額です。

ニコライから尋常でない額のお金をもらったときに撮影された二人の写真がこちら。

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左から順に北賀市と向畑です。( 大津事件 - Wikipedia より)

突然大金持ちになった北賀市は、地元石川県江沼郡役所の指導の元、土地を買い、地主になりました。明治33年には郡会議員になり、国難を救った英雄として扱われていましたが、明治37年日露戦争勃発に伴い、国賊扱いに一変。村八分にされ、大正3年に54歳で逝去。

突然大金持ちになった向畑は、もらった金で女遊びにふけってしまいました。そしてお金を使い果たし、最終的には落ちぶれて紙屑拾いになります。大正14年には少女暴行事件を起こして新聞沙汰にもなり、勲章も剥奪。昭和3年に75歳で逝去。

おい向畑……

 

第2位:斎木

七条停車場を出発したばかりの神戸行きの汽車に飛び乗って、非常ブレーキを掛け、ロシア艦隊の軍医らを乗せた臨時列車との正面衝突を回避した駅員です。

ニコライの治療のためにロシアの軍医らが臨時列車で神戸から京都に来ることになり、鉄道庁が全線に対して

神戸ヨリ京都ヘロシア軍艦侍医ヲ送ル特別汽車ノ通過マデ、各汽車ハ、ソノママ最寄リノ停車場ニ停車セヨ

と命ずる電報を発しましたが、タイミング悪く、七条停車場(現・京都駅)では名古屋発神戸行の第二十四号汽車が多数の乗客を乗せて今まさに発車したばかりでした。

電報掛から連絡を受けた斎木駅員は走ります!

線路に飛び降り、汽車の後部に飛びつき、非常ブレーキを掛け、本線に出る寸前のところで汽車を停車させました。その直後、黒煙をあげて進んできた臨時列車が七条停車場に入線。辛うじて正面衝突を免れることができました。

下の名前すら明らかになっていないただの駅員さんですが、この人の活躍がなければ、多数の人命が奪われる大惨事になっていたかもしれません。

 

第1位:西村ツル

ニコライが襲われたときに吹っ飛んだ帽子を、側溝で見つけて拾い上げるも、いらないのでとりあえずそのへんの家の前に帽子を放置した13歳の少女です。

こんなやけに細かい情報、一体何に残っていたんだ…

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昭和5年『明治大正昭和大絵巻』より)

確かにニコライの帽子が吹っ飛んでるけど、まさかこの帽子の行方までも追跡するとは。吉村昭、何者なんだ。

ちなみに、西村ツルによって園善兵衛の家の前に放置された帽子は、その後、人力車の車夫が回収して滋賀県庁の役員に提出し、滋賀県庁の役員から皇太子の手に戻されたそうです。

 

 

この他にもマニアックな登場人物はたくさんいるので、いつかまとめてみようかな。資料的な価値もありそうなので。

[追記] まとめました

 

吉村昭の作品を初めて読んだのですが、他のもこんな感じなんですかね。小説を書く前の資料調査に一体何年掛かっているのでしょうか…

 ニコライ遭難(吉村昭)