猫地名マップの謎
2022年2月22日(猫の日)にゼンリンが Twitter で猫地名マップを公開しました。東北地方と愛知県に猫地名が集中しているのが大変興味深いです。
2/22になったにゃん!今日は #スーパー猫の日 🐈
— 株式会社ゼンリン (@ZENRIN_official) February 21, 2022
全国の「猫地名」マップ作ったにゃん。
北は青森から、南は宮崎まで全国で134か所!福島県などの東北地方、愛知県のネコ密度がやたら高いにゃ😼
#猫の日 #ニャンニャンニャンの日 pic.twitter.com/ZZojXZYQTg
一体なぜ東北地方と愛知県にだけ猫地名が集中していて、他のほとんどの地域には猫の子一匹いないのでしょうか。
猫好きが多いとか、猫の生息数が多いとか、猫神信仰があるとか、そんなことは全く関係ありません。
地名好き、とりわけ小字(こあざ)好きの方なら、すぐにピンときていると思うのですが……
東北地方や愛知県は小字が多く残っている地域 なのです。
過去記事でつくった「小字の多い/少ないマップ」*1 に、都道府県ごとの猫地名の数*2 の情報を重ねてみます。
赤色が小字が多く残っている地域、黄色がそこそこ残っている地域、青色がほとんど残っていない地域です。地図を見ると、小字が残っている地域に猫地名も多いのが一目瞭然です。
ちなみに猫地名マップの投稿者であるゼンリンがこの事実に気づいていないかというと、もちろん気づいています。Twitter では特に小字との因果関係に触れられていませんでしたが、ゼンリンへのインタビュー記事「難読地名「猫三昧」は「ねこざんまい」じゃない?スーパー猫の日のゼンリン渾身「猫地名マップ」が凄すぎる!(まいどなニュース)」で言及がありました。
もともと愛知県や福島県は、全国でも小字が多く残っている地域なんです。ですので多くなるのは想像していたのですが、意外だったのは福島県以外の東北地方にも広く分布していることでした。
小字ってなんだっけ?
「小字って何???」という方に簡単に説明しておくと、小字(こあざ)とは田んぼ数枚単位とかのめちゃくちゃ細かい単位で付けられている小地名です。うーんと昔のご先祖様が「ここは水路で囲まれてるから堀ノ内と呼ぼう」「あっちは目立つ杉の木があるから一本杉だ」みたいな感じで命名しました。*3
明治以降のなんやかんやで、ほとんどの地域で小字が消滅したのですが、訳あって東北地方や愛知県では幸いにも(?)小字が生き残りました。それゆえ東北地方や愛知県では他の地域の何百倍も地名が存在しています。(東北地方や愛知県をGoogleマップなどで見るとその地名の細かさに驚くことでしょう)
もっと詳しく知りたい方は、過去記事「ようこそ!地図に載らない小字地名の世界へ」をご一読ください。 fffw2.hateblo.jp
住所データベースにない猫地名
僕の暮らす滋賀県をゼンリンの猫地名マップで確認すると、2匹の猫がいました。
です。
いずれも地名の階層でいうと市町村の下なので「大字(おおあざ)」です。滋賀県は「小字」が(住所には)残っていない地域なので、ゼンリンの住所データベースにも大字までしか登録されていなかったのでしょう。
実は住所データベースにはなくても法務局の土地登記情報などには小字が残っています。本気を出して普通の地図に載っていない小字まで調べてみると*4、滋賀県にはもっと多くの猫地名が存在していました。一部を紹介します。
このように住所データベースに載っていないだけで、小字まで調べると全国どこもかしこも猫だらけというわけです。
猫地名の由来
最後に猫地名の由来について触れておきます。
猫地名の由来を検索すると猫に関する伝承が出てくることもありますが、そういう面白エピソードはだいたい後世の作り話です。
地名というものは概してシンプルに地形や用途に由来していることがほとんどです。猫地名も例外ではなく「山のふもと」を表す地形語「ねこ」に由来していると考えられます。
- ね:「山や丘陵の下方」を意味する「根」
- こ:「〜のところ」を意味する接尾辞「こ」(ex. ここ、そこ)
猫地名の内訳を見ると「猫沢」「猫淵」「猫田」「猫坂」「猫鼻」などがありますが、これらは全部「猫」を「山のふもとの〜」と読みかえると、自然に意味を理解できます。
- 猫沢:山のふもとの沢
- 猫淵:山のふもとの淵
- 猫田:山のふもとの田
- 猫坂:山のふもとの坂
- 猫鼻:山のふもとの鼻(突き出した地形)
実際に猫地名の場所を地図で確認してみて、山のふもとに位置していたら、まずこのパターンだと考えて間違いないでしょう。*5
他には、うずくまった「猫」の姿に似ている、という形由来のパターンもあります。「猫山」「猫塚」なんかがこのパターンに該当します。特にこんもりとした古墳に付きがちな地名です。
上記のパターンでほとんど説明がつくでしょうが、中には山から離れた平野部に猫地名があり「あれっ!?ふれっしゅのーとで読んだことないパターンの猫地名だ!!一体この猫は何に由来しているんだ???」と首をかしげることもあるでしょう。そういうときは是非とも自分で調べたり考えたりしてみてください。「不明に帰しやすき意味を討究するおもしろみ*6」こそが地名研究の醍醐味なので。
*1:過去記事「地番の振り方マップ(一村通し or 字別付番)」では「地番の振り方マップ」として紹介しています。地番の振り方が一村通しの地域では小字が少なく、字別付番の地域では小字が多いです。
*2:猫地名の数はゼンリンの猫地名マップから目視で計測しました。近すぎて重なっている猫アイコンを正確に数えられていない可能性がありますが、ご容赦ください。
*3:地名の発生については「地名って面白い!!!」を参照 fffw2.hateblo.jp
*4:小字の調べ方はいろいろありますが、今回は手っ取り早く「"滋賀県" "字猫"」でGoogle検索したり、滋賀県立公文書館のデータベースで検索したり、『角川日本地名大辞典 (25) 滋賀県』の巻末の小字一覧に目を通したりして調べました。
*5:地名学に造詣の深い方であれば、中世の山城の麓の集落「根小屋(根子屋)」に由来しているのでは?と考える人もいらっしゃるでしょう。 「ねごや【根小屋】中世後期山城の麓にあった城主の館やその周辺の屋敷地。おもに東国で用いられた語で,後に集落の地名となって根古屋,猫屋などと書かれることもある(『世界大百科事典第2版』より)」 関東周辺の猫地名で、近くに城郭関連地名があれば、直接的に根小屋に由来している可能性が高いです。ただ「根小屋」という言葉自体、山のふもと(=ねこ)の集落(=屋)が語源だと考えられるので、結局のところは本記事で紹介した「山のふもと」説に包含されます。