はじめに
今から始まるのは30代男性がお尻周りで死闘を繰り広げる物語です。
オブラートに包んで書くように心掛けましたが、お食事中の方、特にCoCo壱でスマホ片手に記事を読んでいる方などがいらっしゃいましたら、時を改めて読むことを強く推奨いたします。
痔、襲来
時は2021年9月──
新型感染症の勢いはとどまるところを知らず、僕の勤める会社では依然として在宅勤務が続いていました。もうかれこれ1年半も通勤電車に揺られていません。
「感染症が収束しても在宅勤務はやめたくないなあ」と通勤時間0分の享楽にふけりながら、いつもどおりデスクワークを続けていたのですが……
何やらお尻に違和感が。
椅子に座るとズキンズキンと痛みます。腫れ物があるような嫌な感じ。トイレで力むと身体に一閃の電気が走り、トイレットペーパーにはぽつりと薄紅色の点。
間違いありません。
痔です。
長期にわたる在宅勤務でお尻のトラブルが急増しているとニュースで耳にしたことがありましたが、まさか自分もお尻トラブルマンの一人になってしまうとは思いもしませんでした。
しかも不運なことに数日後には年に一度の健康診断が控えているという状況。社員の健康第一の会社なので、ご丁寧に 検便 があります……(絶望)
椅子の座りすぎでお尻をやってしまった。しかも運悪く数日後には健康診断。便潜血陽性になりたくなすぎる。
— 風霊守 (@fffw2) September 12, 2021
検便の網をかいくぐれ
ただの痔出血なのに検便で引っかかったら、たまったもんじゃありません。今まで一度も引っかかったことがないのでわかりませんが絶対厄介なことになります。なんとかして検便の網をかいくぐらなくては……!
▲こいつらの目を欺きたい
いろいろ考えた末、まずは人事部に手を回しました。
人事部 健康診断担当者さま
XXX部 XX(ふれっしゅ)です。
やむを得ない事情により、通常の日程で健康診断を受診できなくなってしまいました。大変申し訳ないのですが、健康診断の日程を1週間後の枠にずらしていただけないでしょうか。何卒よろしくお願いします。
こんな感じのメールを送り、無事、健康診断の延期に成功。検便猶予期間(モラトリアム)を獲得しました。
続いて、便の採取方法を研究。
国立がん研究センターの先生の話 *1 によると、
血液が付着しているのは便表面の一部だけのことが多い ため、スティック状の採便器で、便の表面を広くまんべんなくこすります。
とのこと。
検便キットの注意書きにも採便スティックで便の表面をまんべんなくこするイラストが描いてありました(イラストは妙にリアルだったので引用しません)
さて、裏を返せば、便の表面をこすらずに内部に深く挿し込んで採取すれば、血液に触れる可能性が少なくなる と考えられます。これで便潜血陽性の回避率をアップできそうです!
このあたりで「必死に陽性回避テクを探して、一体僕は何のために検便を受けてるんだ…?」と自問し始めましたが、とりあえず水に流しました(便だけに)
そして、健康診断前日と当日。表面をこすらないように細心の注意をしつつ、検便を完了しました。一週間延期した甲斐があり、尻の痛みもピークを過ぎていて、トイレットペーパーも真っ白だったので、良い結果が期待できそうです!
運命のジャッジメント
数週間後、健康診断の結果が届きました!
おそるおそる封筒を開けます。
結果は……
……
……
……
……
便潜血反応……
陽性
……
痔・END \(^o^)/
やってしまいました、要精密検査です。
感度 70% *2 の前ではいかなる抵抗も無力。検便は大変優秀でした。
はぁ…………
病院に行かなきゃダメなのか?
精密検査を推奨されてしまいましたが、本当に病院に行かなきゃダメなんでしょうか。どうせ痔だし。
……と思って、ググったら、痔と勝手に判断して精密検査を受けない人が多数いるというNHKの特集記事 *3 が出てきました。
日本で、1年に5万人(2017年現在)の方が命を落とす「大腸がん」(略)死亡数が多くなってしまっている要因の一つが「精密検査を受けない」人が多いこと。(略)陽性と言われたのにこの内視鏡検査を受けない人が 30% もいるのが実情。(略)その原因は、便潜血検査が陽性でも「痔だから大丈夫」と思い込んでしまう人が多い ため。
みんな同じことを考えるんですね。正常性バイアスって恐ろしい。
30代で大腸がんは流石に早いだろう、精密検査に8000円ぐらい掛かるのは痛い出費だなあ、などとあれこれ精密検査を受けない理由を考えていましたが、妻から
「痔以外の疾患の可能性を否定できない。大腸がんだったら死ぬよ?」
と尻を押されたこともあり、おとなしく精密検査を受診することにしました。死にたくないので。*4
初診
知り合いの医療関係者におすすめを聞いて、大腸内視鏡の手腕に定評のある消化器内科に行ってきました。大腸内視鏡の辛さは医者の実力によるところが大きいらしいです。
問診では、あわよくば「それは間違いなく痔ですね。大腸内視鏡は受診しなくて結構です」と言われることを期待して、デスクワークが続いていることを強調し、医者相手に懸命に痔プレゼンをしました。
医者の答えは…
「おそらく痔だと思いますが、どうしますか? 大腸内視鏡受けときますか?」
というもの。まさか僕に判断を委ねてくるとはな。
こう聞かれたら、こう返すしかありません。
「受けておいたほうがよいですか?」
そして、当然こう返ってきます。
「痔以外の疾患がないとは言い切れないですからねえ… では受けておきましょうか」
そりゃそうなるわな。
……というわけで、正式に大腸内視鏡の予約を取ることになりました。人気の医院で混み合っているのか、検査は2ヶ月後。結構間が空きますね。
問診後、別室で看護師から大腸内視鏡に関する詳しい案内を受けました。
検査3日前から食事制限があるというのが正直きついです。
食事制限は検査前日だけだろうと思って、土日においしいものを食べるために火曜に予約したのですが大失敗。土日両方つぶれました……
海藻、野菜、果物、キノコ、こんにゃく、ごま、豆、など腸に残りやすい食品は一切摂取禁止。薬味のネギや海苔もダメと念押しされました。縛りが多すぎます。
前日の食事用に「クリアスルー」という検査食を勧められましたが、名前からゼリー状のまずそうな流動食をイメージしたので、お断りしました。あとで調べたら案外おいしそうだったので、素直に買っておけばよかったなと後悔しました。
看護師から麻酔の有無を聞かれたので「麻酔なし」と答えたら、「えっ!?本当に大丈夫ですか?」と驚かれました。えっ!?みんな麻酔するものなの?
「『痛くない内視鏡』とWebサイトに書いてあったので信頼してます^^」
と、それとなくプレッシャーをかけておきました。
地獄の食事制限
初診から2ヶ月が経ち、尻の痛みも完全になくなり、平穏な日々を過ごしていましたが、無情にもカレンダーに赤丸で囲んだ "決戦の日" は刻一刻と近づいてきていました。
検査3日前
いよいよ食事制限が始まりました。
この日はなか卯で牛丼を食べました。当然玉ねぎは抜きです。
検査2日前
うっかりサンドイッチを注文してしまい、テーブルに到着したときに重大な過ちに気づいて悄然。泣く泣くレタス、キュウリ、トマトなどの野菜を摘出し、すかすかになった虚無虚無サンドを頬張りました。*6
ついでに友人全員にお尻事情を詳しく説明する羽目になりました。
検査1日前
最後の晩餐を味わったのち、20時から絶食。
ギャグ漫画でしか見たことのないような 超強力下剤 を飲みました。
はぁ、人生...... pic.twitter.com/KQK8SFQqIl
— 風霊守 (@fffw2) December 6, 2021
添加剤のD-ソルビトールのおかげで、甘くて飲みやすかったです。
Twitterに「1本丸々飲んだ」と書いたら、フォロワーから「今からでも吐き出したほうがよいですよ!通常の15倍ぐらい飲んでます」とリプライが来て、狼狽。
焦って ラキソベロン®内用液0.75% 添付文書 を確認したところ、どうやら 大腸内視鏡検査前だけ通常の20倍ぐらい下剤を飲む 仕様みたいです。
一応適切な用量でしたが、全然安心はできませんね。一体どんな猛烈な腸管蠕動運動が襲ってくるんだ……
決戦、大腸内視鏡
来てしまいました、ついに大腸内視鏡検査の日です。ただただ憂鬱。
昨晩飲んだ下剤がいつ効くのかとビクビク震えていましたが、なんと全く効きませんでした。至って平常で、ミリも便意をもよおしません。こんなこともあるんですね。
一本のホース
さて、検査当日のモーニングショットといえば、これです。
経 口 腸 管 洗 浄 剤 モ ビ プ レ ッ プ
パッケージは宇宙食みたいなギラギラしたデザイン。
中には2種類の粉末が入ったプラスチック容器が入っています。
水を入れたのち、上から押すと、隔壁が破れてA剤(マクロゴール4000、電解質)とB剤(アスコルビン酸類)が混ざるという仕組みです。科学実験みたいでちょっとだけワクワクしましたが、一口飲んで愕然。
めちゃくちゃ不味いです……
水で薄めたポカリスエットを酸っぱくしたような微妙な味。
少しぐらいなら我慢して飲めないこともないのですが、なんとこれが 2リットル もあるんです。
地獄のティーパーティーの始まりだ pic.twitter.com/a4hLEApW0f
— 風霊守 (@fffw2) December 7, 2021
実際には2リットルすべて飲む必要はなく、1リットルをコップ5杯 *8 に分けて10分おきにゆっくり飲めばOK。便が透明にならなかったら追加お仕置きコースで残りの1リットルも飲まなきゃいけないみたいですが……
モビプレップを飲んでいるときの記憶はほとんどありません。
無心で激マズドリンクを飲み、トイレに行って全部出して、また飲んで、また出して、飲んで、出して、の繰り返し。
一本のホースになったかのような心地 です。
5回目ぐらいのトイレで、虚空を見つめながら、人間とは何たるかについて思いを巡らせていました。
幸いすみやかに便は透明になったので、追加の1リットルを飲まないで済みました。その後、30分かけて水500ミリリットルを飲み、腸管洗浄タイムは終了です。嗚呼、ただの水のなんと美味しいことか……!
大腸内視鏡、挿入
昼過ぎに医院に到着。いよいよ決戦の刻です。
医院に向かう途中で下剤が急に効き出したら詰むな、と思ってましたが、幸い何事も起こらずに医院に着きました。
受付で同意書を提出したら、すぐに看護師に検査着を渡されました。
上は普通の入院用の服みたいな感じですが、下が非常に特殊で、尻側に大きな穴の空いたハーフパンツ です。これをノーパンで着用します。
▲ 逆・社会の窓
尻周りの風通しが良くなった状態で再び看護師のもとへ行き、今度は左腕に点滴用のルートを取られました。麻酔なしを希望しているのですが、もし痛みに耐えられなかったときにいつでも麻酔を入れられるようにルートだけは取っておくそうです。
注射をしながら、ふと壁の方を見ると、検査予約表が目に入りました。本日大腸内視鏡検査を受ける患者は、僕以外全員60歳以上でした……
内視鏡室の扉が開き、検査台に案内されました。
指示に従い、左側臥位で膝を少し曲げた体勢になります。人間の腸の構造上、この向きが内視鏡を入れやすいらしいです。
足側には大きなアームがあり、その先にはモニターがついていました。ここに今から僕の腸内映像が映るんですね。はじめて見る自分の体内に少し胸が熱くなります。もしスマホの持ち込みが許されていれば、ぜひとも動画を撮りたかったぐらいです。
枕元には黒色のケーブルがありました。電線をぶった切ったような見た目で、先端にはカメラレンズやライトと思われる部品がついていました。どうやらこれが大腸内視鏡のようです。
正直、思ったより太くてビビりました。単三電池 ぐらいあります。
医者が内視鏡室に入ってきました。
特に挨拶も説明もなく「入れますね〜」と一言つぶやいたのち、局所麻酔ゼリー(キシロカインゼリー)を塗布して、いきなり大腸内視鏡を挿入!!!!
にゅぽんとゲートに入る瞬間がモニターに映し出されます。
と、同時に、「おぅふ......」とだらしない声が漏れました。
腸内はきれいなピンク色をしていました。朝から頑張って洗浄した甲斐があり、ピッカピカです。ひだが若干生々しいですが、不思議と気持ち悪くはありません。
下手な医者はS状結腸から下行結腸に向かうあたりで内視鏡を腸壁にがんがんぶつけてしまうらしいですが、ここの医者は評判通りの凄腕だったので、僕の身体を巧みに回転させながら、全く痛みを感じさせることなく内視鏡を押し進めていきました。
▲ 大腸マップ(図は『病気がみえる vol.1 消化器』第4版 p.94 より引用)
内視鏡は 直腸→S状結腸→下行結腸→横行結腸→上行結腸→盲腸 とぐんぐん進んでいきます。
「大腸の腸壁って結構スベスベなんだな」「毛細血管が見えるところはちょっと気持ち悪いな」などと旅行客並の感想を抱いたのも束の間、わずか5分ぐらいでゴールの回盲部に到着。モニターには小腸(回腸)との境目にある回盲弁が映っていました。ここからは復路です。
中間ぐらいまで戻ったところで、内視鏡が止まりました。
医者「ここに ポリープ があります」
僕「えっ!!!??」
▲ 実際の内視鏡画像(生々しくないように油絵風に加工済み)
横行結腸の左端に直径5mm程度のポリープ(Ⅰs型)がありました。
絶対「何もなかったですね HAHAHA〜」と笑い話で検査が終わると思ってたんですけど、なにこれ…………
僕は驚いたのですが、医者は日常茶飯事といった感じで軽く「切除しますね」と言って、内視鏡の先端から金属製の輪っかを出し、ポリープに引っ掛けて、キュキュッと絞り、サクッと切除しました。(大腸コールドポリペクトミー)
切除痕から出血してますが、特に塞ぐようなことはせず、自然止血に任せるようです。そのまま内視鏡は去っていきました。
内視鏡を抜いた後、ベッドに移り、止血剤入りの点滴を注入して検査終了。全体で30分ぐらいでした。
医者から「まあ、9割9分、良性だと思います」と言われて、ほっと胸をなでおろしましたが、正式な結果が出るのは2週間後とのこと。
ちなみに 診療費は 18,450 円 でした。
ポリープを切除したせいか、予想の2倍以上高かったです……
聖なる夜の大腸ポリープ
時は流れ、クリスマスイヴ。
子供たちがサンタさんからのプレゼントを心弾ませて待っている中、僕は医院の待合室で大腸ポリープの検査結果を待っていました。
30分ほど待ち、僕の名前が呼ばれました。
気になる病理診断結果の発表です!
結果は……
…
…
…
病理診断
Large intestine, transverse colon, polypectomy;
Tubular adenoma, low grade, cut end (-)
組織所見
横行結腸ポリペクトミー組織1個です。基底側に偏在する細長い核を有する高円柱細胞で構成された低異型度管状腺腫性腺管の増生を認めます。Carcinomaのような強い異型は認められません。切除断端は陰性です。
▲ 低異型度管状腺腫(図は『カラーアトラス病理診断の見方と鑑別診断』第5版 p.195 より引用)
…
……つまり?
医者「良性です」
放っておくと癌化することもあるので、腺腫のうちに摘出しておいて良かったとのこと。大腸内視鏡検査を受けた甲斐がありました。
ちなみにポリープからの出血はなかったので、便潜血検査が陽性になった原因はこれではないそうです。やっぱりただの痔だったんでしょうね *9 。ポリープが見つかったので、結果オーライですが。
ポリープが見つかり、大腸がんの恐怖が途端に自分事になったので、これからは食生活も気をつけていこうと思います。お医者さんからは、牛肉や豚肉はほどほどにして、緑黄色野菜を多く摂るとよい とアドバイスをもらいました。
おわりに
人生初の大腸内視鏡検査を受けました。痛くはなかったですが、体内を内視鏡が蠢く感覚はあり、なんとも言えない心地だったので、もう二度とやりたくありません。何より検査前のモビプレップが苦痛すぎます。
在宅勤務はこれからもしばらく続くので、次回の健康診断でまた引っかからないように、お尻の負荷を減らすべく 円座クッション を買いました。産後ママ用の本格的なやつです *10 。ゲーミングチェアに特化した穴あきクッション「ゲーミング座布団」なんてのもあるようです。
一日中デスクワークしてる人は痔になる前に絶対何か対策をしておくべきだと思います。
そして、もし痔になってしまったとしても、僕のようについでにポリープが見つかることがあるので、便潜血検査で陽性になったら、ぜひ大腸内視鏡検査を受診しましょう!! 「どうせ痔だろう」は死亡フラグです。
この記事が、誰かの大腸がん早期発見に役立っててくれれば、幸いです。
後日談(2023-02-02)
住宅ローンを組んで家を買うことになりました。
特に持病もないし団体信用生命保険の申込は余裕余裕!と高を括っていたら最後の設問が「過去2年以内に健康診断で要精密検査を指摘されたことがありますか」でやられました。内視鏡ぶっ込まれてます。
「便潜血検査」と書いてある以上、言い逃れできない。
便潜血陽性で要精密検査だったよ!直径5mm程度のポリープが見つかったけど良性だったので問題ないよ!と詳しく備考欄に書いたのですが……
え!? 審査落ちた!???
保険契約できず → 住宅ローン契約できず → 人生オワタ\(^o^)/ ってこと? と手が震えましたが、どうやらメインの保険は OK で、おまけで付帯されるはずの「三大疾病保障特約」(がん・急性心筋梗塞・脳卒中で借金半減)が NG になったみたいです。
まさかこんな形で1年後に伏線回収することになってしまうとは。悔しいのでローン完済までに三大疾病にならぬよう健康管理により一層気をつけていきたいです。
*1:健康情報誌「消化器のひろば」No.10 - 日本消化器病学会
*2:東京都予防医学協会年報 2015年版 第44号:大腸がん検診 p.197 より。免疫法便潜血検査の1回あたりの感度は 45% であり、近年一般的になっている2回法では感度は 70% (≒ 1-(1-0.452) ) にまで高まる。
*3:NHK『ガッテン!』2020年1月29日放送「実は女性の死亡数1位!大腸がんで死なない秘策」
*4:ついでに「大腸内視鏡検査を受けたらブログのネタにもなるかもよ^^」と言われました。僕の食指が動くポイントをよくわかっておられる。
*6:摘出した野菜はスタッフ(妻)がおいしくいただきました
*7:モビプレップのロゴ画像は EAファーマ公式サイト より引用
*8:最初の1杯では同梱のガスコン2錠も合わせて服薬し、腸管内のガスを抜きます。