おかゆの単位「分粥」「倍粥」
おかゆのドロドロ具合を表すとき、日本では古来より
- 全粥(ぜんがゆ)
- 7分粥(しちぶがゆ)
- 5分粥(ごぶがゆ)
- 3分粥(さんぶがゆ)
という呼び名が用いられます。同じ粥を水の量に着目して
- 5倍粥
- 7倍粥
- 10倍粥
- 20倍粥
とも言います。
僕はこういう呼び名があること自体を全然知らなかったのですが、子供の離乳食をつくるときに育児本で「離乳食初期は5分粥」という記述に出会い
「ん!?一体、何に対して何が5分なんだ?基準は質量?それとも体積??」
と大混乱に陥りました。
「全粥をMAXドロドロな状態とすると、5分粥は半分だけドロドロという感じだろうか。じゃあ水は全粥の半分か?」
と思って炊飯器の蓋を開けたら……
離乳食用に五分粥を作ろうとしたら全粥より水が多くて「えっ…?」と手が止まった。どうやら直感に反して全粥より五分粥のほうがやわらかいらしい。 pic.twitter.com/w164X8cF8V
— 風霊守 (@fffw2) September 1, 2020
全粥より5分粥のほうが水が多いという衝撃の事実を知りました。どうやら僕は「分粥」の定義を勘違いしているようです。
困ったときのWikipedia
「分粥」の定義をググったら、Wikipedia「粥」がヒットしました。流石天下のWikipedia!頼りになります。
水分量による分類
以下の米と水の分量比は、農林水産省による[5]。
全粥
米の5倍量の水で炊く。
(重湯がない粥)
七分粥
米の7倍量の水で炊く。
(全粥7:重湯3)
五分粥
米の10倍量の水で炊く。
(全粥5:重湯5)
三分粥
米の20倍量の水で炊く。
(全粥3:重湯7)
「分量」としか書いてないので、質量か体積かわからないのが残念ですが、要約すると
- 〜分粥:粥全量(粥飯+重湯)に対する粥飯の割合
- 〜倍粥:生米に対する加水量の割合
となります。ちなみに「重湯(おもゆ)」というのは、おかゆを作ったときの白い上澄み液のことらしいです。
「5分粥」は粥飯(水をぱんぱんに吸った米=全粥)が重湯(米に吸われなかった残り水)を含む粥全体の量に対して5分(=50%)ということ。「全粥」は重湯なしなので100%米。
なるほど「〜分粥」については理解できました。
「〜倍粥」のほうは割と直感的で、生米に対して水を何倍入れるかということ。簡単簡単……いや、ちょっと待てよ……??
全粥
米の5倍量の水で炊く。
(重湯がない粥)
五分粥
米の10倍量の水で炊く。
(全粥5:重湯5)
生米:水 = 1:5 で「全粥」になるとすると……
米水水水水水 → 炊く → 全粥
5分粥は「全粥5:重湯5」だから、炊く前は 生米:水=1:11 になるはず!
米水水水水水 水水水水水水 → 炊く → 5分粥
ということは、5分粥は「米の10倍量の水で炊く」10倍粥ではなく「米の11倍量の水で炊く」11倍粥になるのでは??
手持ちの炊飯器の釜に「全粥」「5分粥」の目盛りが付いているので、確認のため、米1合(約150g)に対する水の量をそれぞれ量ってみたら、全粥 960g、5分粥 1050g で全然5倍とか10倍とかそういう感じではありませんでした。
むむむ、何かがおかしいです。なんだかWikipediaの解説が怪しい気がします。
おかゆの研究論文を読む
「Wikipediaの解説を読んでさらに混乱した」と頭を抱えながらツイートしたら、Twitterの民が論文を教えてくださいました。
静岡県立大学の貝沼やす子先生の「調理科学からみた粥の性状」(2007)という論文です。1996年から2006年までに全6報の「粥の調理に関する研究」が日本家政誌に出されており、本論文はこれらの研究成果の総集編でした。
「〜分粥」の正確な定義
「〜分粥」の正確な定義は
炊飯直後の粥全量(粥飯+重湯)に対する粥飯の質量比
です。
こちらはおおむねWikipediaの解説通りでしたが、厳密には「炊飯直後の」がつくようです。実際炊きあがったあと時間が経って温度が60℃、40℃と下がっていくにつれて、米にさらに水分が吸収されて質量比は少し大きくなります。
(貝沼やす子「調理科学からみた粥の性状」(2007)より引用。赤線部は加筆。)
コシヒカリの5分粥(炊飯直後)は時間が経って温度が40℃まで下がったときには、ほぼ7分粥になってるようです。「〜分粥」は時間 t に依存する関数だったのですね!
「〜倍粥」の正確な定義
「〜倍粥」の正確な定義は
生米に対する粥全量(粥飯+重湯)の質量比
です。
炊きあがったおかゆ(上澄みの重湯も含む)の質量が炊く前の生米の質量の何倍か、ということを表しており、Wikipediaやそれを引用したと思われる数多のサイトに載っている「生米に対する加水量の質量比」という説明は間違いです。
(貝沼やす子「調理科学からみた粥の性状」(2007)より引用。赤線部は加筆。)
表中の「できあがり重量(g)[米に対する倍率]」が「〜倍粥」に相当します。
「分粥倍粥変換公式」を導出する
全粥(10分粥)が5倍粥、7分粥が7倍粥、5分粥が10倍粥、3分粥が20倍粥のとき、n分粥は何倍粥になるのでしょう。最後にこの疑問を解決しておきます。
まず「全粥の時点で十分に水を吸い込んでおり、それ以上水を足しても粥飯の量は増えない」と大胆に仮定します。
(貝沼やす子「調理科学からみた粥の性状」(2007)より引用。赤線部は加筆。)
実際は全粥で約5倍の粥飯になるのに対して、3分粥ではさらに水を吸って約6倍の粥飯になっています。が、どれだけ水を吸い込むのかが定式化されておらず、不明なので、近似的に全部「約5倍の粥飯」になるとさせてください。
すると n分粥 ≒ (50/n)倍粥 (0<n≦10) という近似式が成立します。
生米(g) | 総粥量(g) | 粥飯(g) | 重湯(g) | 〜倍粥 | 〜分粥 |
---|---|---|---|---|---|
40 | 200 | 200 | 0 | 5 | 200/200 = 全粥 |
40 | 280 | 200 | 80 | 7 | 200/280 ≒ 7分粥 |
40 | 400 | 200 | 200 | 10 | 200/400 = 5分粥 |
40 | 800 | 200 | 600 | 20 | 200/800 ≒ 3分粥 |
この公式さえ知っていれば、「離乳食初期は5分粥」と言われても、もうたじろぐ必要はありません。「50/5 = 10倍粥 だから今入れたお米の10倍の重さのおかゆができあがる!」とすぐに暗算できます。
しかし残念ながら10倍粥にするためにどれだけの量の水を炊飯器に入れればよいかはわかりません。炊飯器から水がどれだけ蒸発するかわかりませんし、メーカーによって炊飯時間も異なるからです。
まとめ
- 〜分粥:炊飯直後の粥全量(粥飯+重湯)に対する粥飯の質量比
- 〜倍粥:生米に対する粥全量(粥飯+重湯)の質量比
どれだけの量の水で炊けばよいかはわからないので、結局、全粥や5分粥を作りたいときは、炊飯器の「おかゆ用の目盛り」に合わせて何も考えずに水を入れるのが最も手っ取り早いです。
炊飯器の目盛りにない3分粥や7分粥といった微妙な割合の粥を厳密に作りたい場合は、まず全粥を作り、それを厳密な量のお湯で薄めて調整するのがよいです。が、面倒なので炊飯器にエイヤッと5分粥の目盛りより気持ち多めに水を入れるとかでも、案外それっぽくなります。