ブラタモリは深夜放送時代から見てます、風霊守です。
いやぁ、先日のブラタモリ飛鳥回は地名好き垂涎の神回でしたね!
2020/04/18放送 ブラタモリ#162
「奈良・飛鳥〜なぜ飛鳥は日本の国の礎となったのか?〜」 www.nhk.jp
斉明天皇の時代の国づくりを飛鳥の古地図から探ると銘打って、案内人の先生がさっと取り出したのが、明治22年『高市郡飛鳥村実測全図』でした。字名と地番がびっしりと描かれた地図がアップになった瞬間、全国の小字ファンの皆様におかれましては、「おおおっ!地籍図だ!!」とテレビの前で拍手喝采したことでしょう。
そして、タモリ一行は古地図を頼りに「字水落」という小字名の場所へ向かいます。そこにあったのは日本で最初の時計(水時計)が建てられた遺跡です。日本書紀にも登場する時計で、階段状の水槽に水を注ぎ、下の水槽に溜まる水の量で時間を計るという仕組みでした。
飛鳥水落遺跡
案内人「字名に「水落」ってさっき紹介しましたが、あの字名がついている明治の頃は、ここに水を落として時間を計る水時計があったということはわかってなかったんですね。わかってなかったんですけど水時計が見つかったと。」
タモリ「だから地名というのは土地の記憶なんですよね。本当は変えちゃいけないんですよ。地名変更なんて行政の便利さで変えてますけども、本当は駄目なんですよね。やっぱり守っとかなきゃ駄目ですよね。」
1400年前にこの地に水時計があったことを地名だけが記憶にとどめていた!まさに地名のロマンですね!ごちそうさまです。
小字から土地の記憶を紐解くというのは、私が小字研究に傾倒している所以でもありますし、かの柳田國男先生も『地名の研究』で「多くの前代生活を闡明」することが小字研究の醍醐味だと仰ってました。
やっぱり地名って面白いなあ。
……
ん!? ちょっと待てよ…
番組終了から小一時間経ち、心が平静に戻ってくると、ふと疑問が浮かびました。
「本当に水時計が水落という地名の由来なのか???」
調べてみるとわかりますが「水落」という小字地名は全国各地に存在します。
もちろん全国各地に水時計があったわけではありません。そのほとんどが水持ちが悪い土地であることに由来する自然地名です。水がすぐ地中に落ちるから「水落」という直感的なネーミング。すると、飛鳥の「水落」も水時計は関係なく単なる自然地名なのではないかと思えてきます。
柳田國男『地名の研究』に「地名は我々の生活上の必要に基いてできたもの」であり「首を捻って一つ奇抜な名を付けてみようなどと考えている余裕はないのが常であった」と書いてあるように、地名は生活上の必要に応じて生じ、その地の事情性質をシンプルに言い表しているものです。飛鳥の都が荒廃した後、この地は耕作されて農地となり現代に至ります。農民にとっての関心事は、はるか昔に水時計があったという斉明天皇の治世の話より、水が流れ落ちて水持ちが悪いという土地の地勢の話だったのではないでしょうか。
推測を裏付けるために、飛鳥村の小字地図を見てみましょう。経験上、小字の由来は、周辺の小字にヒントが隠されていることが多いのです。
(奈良女子大学古代学学術研究センター「小字データベース」より引用)
飛鳥川の東側の河岸段丘に「水落」があります。川が近いため水関係の小字が目立ちますが、その中でも特に気になるのは「水落」に南接している「折口」です。「折口」という小字は川などへ下る傾斜地(=降り口)に多く見られます。実際、地形図で見てみても、このあたりは緩やかに西に下っていることがわかります。また「川原」という小字が近いことから地質は粒の大きな砂礫土であると予想されます。砂礫土の傾斜地となると、さぞかし水は落ちていくことでしょう。やっぱり水時計がなくてもこの土地は「水落」になる素質が十分ある気がしてきます。
奈良文化財研究所飛鳥資料館ファン倶楽部の水落遺跡の発掘調査記録にも「田植の頃、文字通り水待ちの悪いところであった」という記載があり、現地の人がそう言うのですからつまりそういうことなのでしょう。
地名は土地の記憶ですが、その記憶をどう読むかは私たち次第です。
類似地名を地図で調べて土地の特徴に共通点がないかを調べたり、周辺の小字にヒントがないかを探してみたりして、先人が地名に込めた本当の思いにアプローチして、柳田先生の言う「不明に帰しやすき意味を討究するおもしろみ」を味わっていきたいものです。
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