ようこそ!地図に載らない小字地名の世界へ

地名が好きです。

日本全国に多種多様な地名がありますが、その中でも私を魅了してやまないのが「小字」と呼ばれる小地名です。全国に数百万は存在しているというローカルな地名で、かの柳田國男も愛していました。ちなみに読み方は「しょうじ」ではなく「こあざ」です。これだけでも覚えて帰ってください。

高校生の頃にはじめて小字ワールドに足を踏み入れて以来、本業の傍ら、かれこれ十年以上小字を研究してきました。もはや小字と共に平成を歩んできたと言っても過言ではありません(過言です)

 

地図に載らない地名との出会い

高校最後の春休み。ふらふらと街を歩きながら宅地開発工事を眺めていたら、看板に見慣れぬ地名を見つけて全身に衝撃が走りました。

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草津市上笠一丁目字骨コボス

 

字骨コボス

 

骨、こぼす…!? 何なんだこの物騒な地名は。

しかも、よりによって分譲住宅予定地だぞ… 大丈夫か!?(※ 大丈夫でした *1

すぐにGoogleマップでチェックしてみたのですが「骨コボス」という地名は載っていませんでした。図書館に足を運んでゼンリン住宅地図も調べてみましたが見つからず。「地名」はすべて地図に載っているという常識が崩れた瞬間 でした。

「字○○」という謎の地名は工事現場にだけ現れるのではないか。そう考えた私は、近所の工事現場を駆け回りました。今まで撮り溜めてきた「開発事業の表示」コレクションの一部をご覧ください。

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字上ノ寺、字丸ノ内、字辻道、字宿屋、字世基(よもと)、字神楽田…
地図に載っていない不思議な地名が続々と見つかりました。もっと見てみましょう。

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工事のときにだけ現れる謎の地名を集めていく作業、ロマンがあると思いませんか。

しかも、字神楽田やら字北四ノ坪やら、どうも開発以前のいにしえの土地の姿を物語っている気がします。一体何なんだこの地名は!

 

地名の最小単位「小字」

「字(あざ)○○」という地名の正体は、小字(こあざ)です。

小字を理解するために、先程の「字骨コボス」を例に地名の階層性を紐解いてみましょう。草津市上笠一丁目字骨コボス40番地 を分解すると下記のようになります。

  • 草津市 → 市
  • 上笠(一丁目) → 大字(おおあざ)
  • 字骨コボス → 小字(こあざ)
  • 40番地 → 地番

地図に載っている地名は(ほとんどの地域で)大字までです。

江戸時代まで歴史を遡ってみると、現在の大字のレベルには村がありました。明治時代に誕生する大きな村(行政村)と区別するために、江戸時代の村は便宜上「藩政村」と呼ばれます。

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現在の草津市上笠は、江戸時代には栗太郡上笠村という名前の藩政村でした。当時の上笠村の絵図*2を見てみましょう。

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絵図に描かれている地域全体が上笠村、現在の草津市上笠です。上笠村の中をよく見てみると、道路(赤線)や水路(水色線)で囲まれた小さな区画がたくさんあることがわかります。面積はだいたい数町歩(=数ヘクタール)ぐらい。これらの小区画ひとつひとつに対して、松の木が生えてるから「松田」、集落の南にあるから「南口」、川の土手だから「堤」などと、村民たちは経済活動上の必要に応じて名前をつけてきました。このようにして先人たちが集落内の小区画につけた呼び名こそが「字」なのです。そして藩政村と字は、1889年の市制・町村制施行によって、それぞれ「大字」「小字」という名称になりました。

小字は極めて小さな区画の特徴を的確に捉えた名称なので、中近世の土地利用の様子を読み解くヒントになります。滋賀県草津市に実際に存在する小字で例を挙げると、

  • 字神楽田:神楽が舞われていた田んぼ
  • 字古池:かつての池を埋め立てた場所
  • 字塚ヶ町:何かを祀った塚があった場所

といった具合です。

また、長い年月の間で音が変わったり、音だけで伝わってきた小字に後から漢字が当てられたりして、一見すると意味がわからなくなっている小字もたくさんあります。

  • コンゴ
    コンゴ民主共和国との関連はない。金剛明王を祀っていた場所。
  • 字クジラ:
    鯨が打ち上げられた場所ではない。「崩れ」の転(崩壊地名)
  • 字味噌内:
    味噌を作っていたわけではない。四方を溝で囲まれた「溝内」の転。
  • 字ドウメキ:
    水が轟々と流れている場所を表す古い方言(地形語)

冒頭に紹介した「字骨コボス」もこの類の意味不明なタイプの小字ですね。地形を観察してみたり、古語を探ってみたり、いろんな角度で意味を考えさせられるため大変解き応えがあります。一筋縄ではいかないところもまた小字の魅力の一つです。

 

小字の消失

土地の歴史が刻まれた小字は後世に残す価値のある文化遺産なのですが、残念ながら多くの地域で絶滅の危機に瀕しています。一体なぜ小字は使われなくなってしまったのか。その答えが今尾恵介氏の『番地の謎』で紹介されていました。

番地の謎 (光文社知恵の森文庫)

番地の謎 (光文社知恵の森文庫)

 

1873年明治新政府によって全国的に地租改正が実施されました。租税対象の土地を管理するために、土地には便宜的に番号が付けられました。地番です。

一村通し地番

多くの地域では、藩政村(=大字)単位で1から順に地番を採番していく「一村通し地番」が採用されました。下図のように、字免栗は23〜31番地、字四反長は32〜39番地、字骨コボスは40〜49番地、といった具合で、全体として同一地番の重複はありません。

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(『草津市地籍図』笠縫学区 (1969) をもとに作成)

一村通し方式の場合、地番の重複がないため「草津市上笠 字骨コボス 40番地」という土地は「草津市上笠40番地」でも一意に特定できることになります。今までは集落内の土地を指し示すのに小字が必要でしたが、通し番号が振られることによって小字の存在意義が薄れてしまったのです。

(補足)字別地番

東北地方や愛知県の一部などでは、地租改正のときに「一村通し地番」ではなく「字別地番」が採用されました。藩政村(=大字)単位ではなく各小字単位で1から順に地番を振っていくという方法です。この場合、大字内に「1番地」がたくさんあることになるので、小字を省くと土地を一意に特定できません。よって、字別地番採用地域の地図では例外的に現役で小字が使われ続けています。

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宮城県のお米。「字寺前」という小字が現役で使われている。

住居表示の実施

さて、小字の存在意義が薄れてしまった一村通し地番の地域で、すぐに小字が消滅してしまったのかと言うと、決してそうではありません。地図の上では81番地や2560番地などという無機質な数字になったといえども、住民たちにとって馴染みのあるのは古くからある小字でした。「750〜757番地の田んぼに行ってくる」と言うより「上門田に行ってくる」と言ったほうがわかりやすいのは明らかです。今なお田畑が多く残る農村地域では、地図に小字が載っていなくても、通称地名として小字は使われ続けています。

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草津市上笠町字戌亥。田んぼで小字が現役で使われている例。(2015年5月31日撮影)

一方、戦後、田畑を埋めたり山林を切り拓いたりして造成された住宅地では、大規模な開発事業によって土地が改変されました。区画整理されて新たな幹線道路が通り、小字の境界を成していた細々とした農道や水路が失われてしまうと、従来の田畑に由来する小字を使い続けるのは些か不便が生じます。

地租改正時につけられた地番も都市開発の前では無力で、1番地の田んぼが店舗の建設に伴い 1-1番地 と 1-2番地 と 1-3番地 に分筆され、駐車場を作るために 1-2番地 と 2-15番地 と 25-11番地 が合筆されて大きな 1-2番地 になるなど、地番は錯綜の一途をたどります。郵便配達に支障をきたすなど数々の問題が発生しました。

そこで、東京オリンピック開催の2年前にあたる1962年、「オリンピックまでに外国人にもわかりやすい住所を」*3という機運のもと、新しい合理的な住所システムを導入するために「住居表示に関する法律」が施行されました。この法律により、土地ベースの住所とは別に家屋ベースの住所が導入され、都市部でよく目にする「○丁目○番○号」といった表示が生まれました。

住居表示は都市化地域で順次実施されています。冒頭で紹介した「字骨コボス」のある草津市上笠町では1988年に住居表示が実施されていることが確認できました。

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(『広報くさつ』 1988年11月1日号 より)

住居表示の実施区域では、この日から住所を「草津市上笠○丁目○番○号」と表すことになります。たとえば
 旧=草津市上笠町262番地 は、
 新=草津市上笠一丁目六番一号
と表示されることになります。

住居表示の実施によって、上笠町字骨コボス は 上笠1丁目3番 になりました。ここまで来ると、もはや小字の入り込む余地はありません。住宅地で暮らす人々が普段の生活で「字骨コボス」であることを意識することは全くなくなってしまうでしょう。

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それでも小字は生きている

住居表示の実施でとどめを刺されましたが、実は土地に刻まれた明治以来の地番が完全に消滅したわけではありません。住居表示はあくまでも便利なニックネームのようなもので、土地ベースの住所(地番)と家屋ベースの住所(住居表示)は共存しています。『広報くさつ』の住居表示の記事にもこんな注意書きがしてあります。

しかし、今まで住所を表していた「番地」は、まったく廃止されるわけではありません。本籍や土地、建物の登記関係の表示では、町名だけが変わり、「番地」はこれまでどおり残ることになります。たとえば
 旧=草津市上笠町262番地 は、
 新=草津市上笠一丁目262番地
と表示します。お間違えのないよう十分注意してください。

小字は明治以来の地番に対して相性が良いので、土地の世界では小字は生き延びられます。例えば「草津市上笠一丁目262番地」は「草津市上笠一丁目 字柱本 262番地」と小字を用いて表記できます。冒頭、工事現場の看板で小字をたくさん拾うことができましたが、これも開発事業では法務局に登記されている土地の正式な地番を使用しているからです。

また、小字は狭い地域に対する名称として有用なので、工事現場の看板の他にも、街中でひっそりと使われていることがあります。地図に載らない由緒ある小字が、公園名、バス停名、自治会名、アパート名、電柱の番号札(電柱地名)などに姿を変えて、健気に生き続けているのを見かけると、胸が熱くなりますね。

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草津市平井町字鳶ヶ巣。かつてトンビが暮らす森があったんだろうなあ(´;ω;`)

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草津市西矢倉三丁目字辻海道。海道は街道の転。いにしえの旅人の往来が見えてくる(´;ω;`)

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大津市里山四丁目字一ツ松。立派な一本松が生えていたんだろうなあ(´;ω;`)

あなたの住んでいる街の近所でも、地図には載っていないけど地元の人の間でだけ通じるローカルな地名はないでしょうか。それはきっと「小字」だと思います。数百年前の土地の記憶をとどめた小字に思いを馳せ、長い年月で意味がわからなくなった小字の意味を考究してみると、思いがけない大発見*4につながるかもしれません。

 


★この記事は2019年2月24日に発表した『小字地名による景観の復原』のうち、小字に関する概要部分を再編したものです。

*1:当該地域で土師器や須恵器が出土していること(出典:『草津市遺跡目録』野村北遺跡)や、他の骨/刎小字が粘土質の地域に多いことから、おそらく 骨(ほね)は 埴(はに=粘土質の土)が転じた言葉であり、特に物騒な意味はありません。コボスは未だ不明ですが、毀(こぼ)つの転ではないかと考えています。当該地域にお住まいの方が不愉快な思いをされないよう念の為補足しておきます。

*2:近江国栗太郡上笠村地券取調総絵図』:1873年の地租改正のときに徴税のために作成された絵図。『古地図に描かれた草津』(1994) 扉絵20 より草津市の許可を得て引用。

*3:『番地の謎』p.160より引用

*4:小字は土地の記憶をとどめているため、歴史的な遺構の発見のヒントになることがよくあります。例えば、近年まで幻の都とされていた長岡京大極殿は、1962年に京都府向日市の「字大極殿」で発掘されました。